千葉サンクチュアリ教会(三代王権・こころのサンクチュアリ教会)

文亨進御家庭を地上の真の父母・三代王権、勝利した再臨主二代王とするイエス・キリストを信じる教会です。個人が勝利したイエス・キリストを体にまといて実体のキリストの体、キリストの花嫁となり、各家庭が幸せな家庭教会になることを目指す教会です。三代王権・こころのサンクチュアリ教会の千葉教会です。一緒に天のお父様を賛美しましょう。

み言が肉身になって、私たちの中に滞在されるのが、神の一人御子です。

神様のみ言は肉体に依存する思いにとても苦いのです。
しかし主を求める思いにはとても甘いのです。


主のみ言に肉の思いが苦しむのは体に侵入したサタンを分立するからです。
主のみ言は主を求める心が喜びます。


主はみ言を通して私たちに臨在されます。


6月8日の説教から
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今日のリマはヨハネの黙示録10章です。


1 わたしは、もうひとりの強い御使が、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。その頭に、にじをいただき、その顔は太陽のようで、その足は火の柱のようであった。
2 彼は、開かれた小さな巻物を手に持っていた。そして、右足を海の上に、左足を地の上に踏みおろして、
3 ししがほえるように大声で叫んだ。彼が叫ぶと、七つの雷がおのおのその声を発した。
4 七つの雷が声を発した時、わたしはそれを書きとめようとした。すると、天から声があって、「七つの雷の語ったことを封印せよ。それを書きとめるな」と言うのを聞いた。
5 それから、海と地の上に立っているのをわたしが見たあの御使は、天にむけて右手を上げ、
6 天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを造り、世々限りなく生きておられるかたをさして誓った、「もう時がない。
7 第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される」。
8 すると、前に天から聞えてきた声が、またわたしに語って言った、「さあ行って、海と地との上に立っている御使の手に開かれている巻物を、受け取りなさい」。
9 そこで、わたしはその御使のもとに行って、「その小さな巻物を下さい」と言った。すると、彼は言った、「取って、それを食べてしまいなさい。あなたの腹には苦いが、口には蜜のように甘い」。
10 わたしは御使の手からその小さな巻物を受け取って食べてしまった。すると、わたしの口には蜜のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった。


ヨハネの黙示録を書いたヨハネは、ヨハネ福音書1章で述べています。
1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
2 この言は初めに神と共にあった。
3 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。


神様のみ言葉は我々をして、無秩序と混沌を天と地という秩序で立てます。
そしてそのみ言が肉身になって、私たちの中に滞在されるのが、神の一人御子です。
神様のみ言葉は我々をして、この世を理解できるようにします。
神様のみ言葉は、光であり、混沌から秩序を作ります。
神様のみ言葉は、無から有を造ります。


神様のみ言葉は、神様から出ており、神様の心情と性格と力を代表します。
神様のみ言葉は、闇の中から光を創出することができます。
そのために、神様のみ言葉を生活で身近にすることが、重要だというのです。


ヨハネの黙示録10章には、天使を通して小さいな巻き物がヨハネに伝えられます。
そして、海に立っている彼の後ろには、虹が取り囲んであります。
小さな巻物を食べなさいという命令を聞いて、ヨハネはみ言葉を食べます。
そしてそのみ言葉は、ヨハネの肉身の栄養になります。


ヨハネの黙示録10章によると、そのみ言葉がヨハネの体に入ると、ヨハネのお腹が苦く感じたといいます。
それはあまり良い気分ではありませね。
しかし、その神様のみ言葉が、ヨハネの口には蜜のように甘かったと言いました。
神様の救いは、本当に甘い蜜のように甘いが、同じ瞬間にお腹の中のヨハネが感じた苦味のように、私たちの罪性を分かるようになれば、私たちは私たちの中の苦い罪悪に向き合うようになります。
そして神様のみ言葉が、そのような過程を経るようにします。